位相空間の次元論

 多様体はアプリオリに次元が与えられる事が多いが,実はその次元は位相空間としての情報から復元できる.つまり,次元を指定せずにn次元多様体が与えられたとき,その多様体が「n次元」である事を位相的な性質から知ることが出来るのである.こういった位相的性質から次元概念を考える分野が次元論だ.
 
 次元論はもう古い数学である.実は和書にも森田紀一先生の「次元論」という教科書があるが,なんと1950年の本だ.もう骨董品といっても差し支えないだろう.恐らく分野としての全盛は20世紀初頭だろう.どうやら,当時は19世紀末の集合論の発展に伴い様々な「直観に反する」例が構成されたことにより,数学の基礎を見直す活動が盛んだったようだ.そのため,今までは「当然の事」と思っていた「\displaystyle \mathbb{R}^nはn次元」という直観を「定式化」しようという流れがあったようだ.しかし,その後登場したより多くの情報を引き出せるホモロジー論に完全に押しやられ,寂れてしまったようだ.当時はコホモロジー次元などの概念は当然なかったので,その後しばらくして位相次元とコホモロジー次元の関係などが調べられたりもしたようだが,もう殆ど分野としては収束してしまったといえるだろう.この辺りの詳しい話については,こちらのBlogにて手に入るPDFにとても詳しく書かれている.
 
 位相次元の定義には複数のものがあるが,それらはある程度良い空間(可分距離空間)ならすべて一致する.(上記PDFを参照されたい.)今回はその一つである,小さな帰納的次元(small inductive dimension)について紹介したい.これは,Urysohnによって1922年に定義されたため,Urysohn次元と呼ばれる事もある.

●Urysohn次元
 Urysohn次元のアイデアは極めてシンプルで,「空間の次元がn次元とは,その空間の境界がn-1次元であることをいう.」というものと言える.これを数学的に定式化すると次のようになる.

 Definition.(Urysohn Dimension)
 \displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq nを次のように帰納的に定義する.
 (1) \displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq -1とは,\displaystyle Xが空集合であることをいう.
 (2) \displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq nとは,任意の\displaystyle x\in X\displaystyle xの任意の開近傍\displaystyle Uに対して,\displaystyle xの開近傍\displaystyle Vが存在して\displaystyle V\subset Uかつ\displaystyle  \mathsf{ind}(\partial V)\leq n-1が成立することをいう.\displaystyle \mathsf{ind}(X)\leq nであるような整数の最小値を\displaystyle \mathsf{ind}(X)と定義し,位相空間\displaystyle XのUrysohn次元と呼ぶ.

 
 ここで,(2)の条件において良い\displaystyle Vを取り直せるように,位相空間の条件として正則性を要求するのが一般的である.この定義から分かるように,Urysohn次元は定義は出来てもそれを実際に計算することは非常に難しい.例えば,\displaystyle \mathsf{ind}(\mathbb{R}^n)=nを示すのも大仕事だ.
 
 ところで,先述のPDFでも予告されているように(現在地点では完成していないが…)実はある程度標準的な条件の下で,Urysohn次元とコホモロジー次元は一致する.つまり,「n次元」の空間はn+1次元以上のコホモロジーを持たないことが示される.Urysohnの定義はCW複体などの良い空間でない限り上手く機能しないが,これに似た現象自体はスキームのような弱い位相を持つ空間でも成立する.
 
●Krull次元
 スキームなどに対しては,通常次の次元の定義が用いられる.

 Definition.(Krull Dimension)
 位相空間\displaystyle XのKrull次元を\displaystyle Xの既約閉部分集合の列の長さのsupとして定義する.

 
 この定義は\displaystyle XがNoether空間,つまり閉集合に対してdecending chain conditionを満たすときに上手く機能する.例えば,次の重要な定理が成立する.

 Theorem.(Grothendieck’s vanishing theorem)
 Krull次元\displaystyle nのNoether空間\displaystyle Xにおいて,任意のアーベル群の層\displaystyle \mathfrak{F}に対して,\displaystyle H^i(X,\mathfrak{F})=0 (i>n)が成立する.

 
 これは,空間の「次元」とコホモロジーの関係を述べるうえでは,上述の位相次元とコホモロジー次元の関係の類似とも見る事が出来る.しかし,詳細は述べなかったが,ここで次元を定義するのに用いられている考えはUrysohnのものとは大きく異なる.どちらかというと,これは環論的な考察から与えられたものだと考えるのが自然だろう.

●Heyting次元
 ところで,Higher Topos TheoryにおいてLurieが興味深い次元の定義を導入している.これはHeyting空間というクラスの空間に対して定義される.これは実はKrull次元の一般化となっている.というのも次が成立するからだ.

 Theorem.(HTT, Remark7.2.4.2)
 Noether空間はHeyting空間である.

 

 Theorem.(HTT, Proposition7.2.4.7)
 Noether空間のKrull次元はHeyting次元と一致する.

 
 そのHeyting次元の定義が興味深い.

 Definition.(Heyting Dimension)
 \displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq nを次のように帰納的に定義する.
 (1) \displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq -1とは,\displaystyle Xが空集合であることをいう.
 (2) \displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq nとは,任意のコンパクト開部分集合\displaystyle U\subset Xに対し\displaystyle  \mathsf{Hey}(\partial U)\leq n-1が成立することをいう.\displaystyle \mathsf{Hey}(X)\leq nであるような整数の最小値を\displaystyle \mathsf{Hey}(X)と定義し,位相空間\displaystyle XのHeyting次元と呼ぶ.

 
 読者のみなさんもお気づきのように,この定義は明らかにUrysohn次元を意識したものとなっている.この定義はどうやらLurieが独自に与えたもののようで,一世紀ほど前の遠く忘れ去られた数学のアイデアが最先端の数学に現れているというのはとても不思議な感覚がする.この手法によって,古典的なGrothendieckの消滅定理の一般化にあたる命題なども,全く異なる形で与えられている.
 
 アナロジー的な定義を与える事のメリットは,過去の理論のアイデアを持ち込めるかもしれないという所にある.つまり,Urysohnらの次元論で扱われていた素朴なアイデアのアナロジーが,Heyting空間でも成立するかもしれないという期待がある.

 Heyting空間の次元論はHigher Topos Theoryで定義されている以外まだまだ全く研究されている形跡もないが,もしかしたら,一世紀前の忘れ去られた数学の中に隠れたアイデアが,Noether空間で越えられなかった壁を突破させてくれる日が来るかもしれない.

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Stoneの定理

 Stoneの定理という定理がある.今回さしているのは有名なStone-Weierstrassの定理ではなく,位相空間論からの次の定理である.

 Theorem.(Stone’s Theorem)
 距離空間はパラコンパクトである.

 
 非常に基礎的な定理だが,証明は少々難しい事で知られる.が,1969年にMary Rudinによって,これを非常に短く証明する論文が提出された.

 方針は極めてシンプルで,与えられた被覆に対して具体的な局所有限被覆を構成してしまうというものである.非常に短いが,添え字集合に整列順序を入れ複雑な構成をするので,証明をフォローしたところで狐に包まれたような気持ちになってしまうだろう.
 
 ところで,Rudinという名前を聞くと”Real and Complex Analysis”などで知られる解析学のWalter Rudinを想像する方も多いだろう.実は,Mary RudinはWalter Rudinの奥さんである.(おかげさまで”Stone’s theorem Rudin”などで検索してもWalter Rudinの教科書のStone-Weierstrassの定理ばかり引っかかる…)
 
 夫とは異なり,Mary Rudinは位相空間論で名の知れた数学者であった.例えば,正規空間は\displaystyle [0,1]との直積空間が正規でないときDowker空間というが,Dowkerによる次の予想があった.

 Conjecture.(Dowker1951)
 Dowker空間は存在しない.

 
 これは,正規空間は直積に対して閉じない(例えばソルゲンフライ直線)事が知られているが,\displaystyle [0,1]のような普通の空間との直積ならば,正規性は保たれるだろうという考えによる予想だ.その予想に反して,Mary Rudinは次を示した.

 Theorem.(M.E. Rudin, 1971)
 Dowker空間は存在する.
  • M.E. Rudin, ”A normal space X for which X × I is not normal”, Fundam. Math. 73 (1971) 179-186

 これは興味深い定理だろう.もちろんXがCW複体などの良い空間の時はこのような事態は起きないため,一般の位相空間を扱う難しさを示した例と言える.夫婦で数学者という事自体レアだが,どちらも異なる分野で目立った結果を残した例は他にないのではないだろうか.2013年3月,Mary Rudinは亡くなった.
 
 ところで,「Stoneの定理」を示したStoneは

  • Stone-Weierstrassの定理
  • Stoneの双対定理
  • Stone-Cechコンパクト化

などなど多くの業績で知られるMarshall Harvey Stone (1903-1989)ではない.これを示したのはArthur Harold Stone (1916-2000)である.大数学者と名前が被ってしまうと,困ったものである.調べた限り恐らく,この二人に特にこれといった関係はない….

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圏論の基礎

 圏論の教科書として、一つの定番と呼ばれる本がMacLaneのCategories for the Working Mathematician(邦訳:圏論の基礎)だ。この本は自分自身にとっても大学に入ってから最初に読みふけり、読み切った本としてとても親しみ深い本である。しかし、先日久しぶりに手に取って眺めなおしてみると、少し物足りないと感じるところや良くないと感じるところも多くある。そこで「圏論の基礎(以下CWM)」について今の立場から思う所をレビューしてみようと思う。

●MacLaneのスタイル
 まず、CWMに限らずMacLaneの書く本(例えばHomology)は特徴がある。それは「具体から抽象へ」という流れを明確に意識している点だ。例えば、随伴関手の説明をするとする。すると、一般的な話をする前に自由ベクトル空間と忘却関手の話をする。自由グラフの話をする。それらの構造を意識しながら、共通する構造を抽出していこうというスタイルをとる。これは、同じ圏論の黎明期の数学者でも、ある意味「抽象論は抽象論として扱う」とも言えるGrothendieckとは対照的なスタイルだ。
 このスタイルには功罪あるといえる。それはよく言えば「アブストラクトナンセンス」になる心配はないとも言えるし、悪く言えば「アブストラクトナンセンス」になり切れないところであるとも言える。結果から言ってしまえば、GrothendieckのTohokuやSGAで展開された圏論に比べると、CWM内で展開されている圏論は他の数学(例えば代数幾何学や数論幾何学)への応用を意識した時に別段使い物にならないものが多い。つまり「圏論」というアイデアを理解するのには役立っても、圏論自身を役立てるには武器として少し心もとないといえる。
 
●情報源としてのCWM
 もう少し内容について具体的に言及しよう。まず、これは上記のようなMacLaneのスタイルの弊害とも言えるが「とにかく具体例が多くてうんざりしてしまう」ということは実際に読む際に大きな障壁となるだろう。正直なところ、CWMに載っている様々な具体例をすべて知っている人なんて現役の数学者でもあまりいないだろう。テンソル積や射影加群程度ならともかく、位相空間のStone-Cechコンパクト化を専門外の人が知っているとも思えない。リー群からリー環を与える操作を知らなくても関手という概念は理解できるだろう。つまり、知らない具体例を気にしだすときりがないということに気を付けるべきであるといえる。

 自分の場合この本を読んだのは学部1年生の時だったという事も幸いして、何も知らなくて当然なので逆に「いろいろな数学の分野を知る情報源」と考える事が出来たのはとても良かったと考えている。章末のHistorical Remarkのようなお話もとても面白かった。そこから原論文をたどることによってまた異なる印象を抱いたり、歴史的な流れを感じることが出来たのは後に更に高度な(高次な)圏論を勉強する際にとても役に立ったと感じている。
 
●CWMの限界
 そのうえで、より具体的な批判に入ろう。結論から言えば「圏論の基礎」は内容が少なすぎるという明確な問題がある。勿論、これは代数幾何学などに圏論を実践的に応用することを視野に入れているという前提での話である。これは圏論に関する当時の多くの文献を読みふけっていながら感じたことでもある。というのも、CWMが出版されたのは1972年だが、その頃にはすでに圏論の研究の中心は高次圏へと移っていたのである。例えば、その一例としてモデル圏を導入したQuillenのHomotopical Algebraは1967年に出版されている。
 しかし、CWMは最終章に少しだけ高次圏の話が述べられているものの、殆ど何も書いていないに等しい。高次圏論的な議論が出来るKan拡張も1-圏的に行い、その結果非常に見通しの悪い証明となっているといわざるを得ない。後半にかけて雑多な内容を集めているにも関わらず、「圏の局所化」のような圏論における基本的な操作すら述べていないというのも非常に疑問である。また、多くの形で幅広い数学に関わる単体的手法についても、言及しているにも関わらず全く話が広がっていないというのが不思議である。何なら、それだけで一章を割く価値があるといっても過言ではないと思うのだが・・・。
 
 正確な文言は覚えていないが、晩年のMacLaneが「数学の基礎をめぐる論争」において当時(1980年頃)の圏論界に苦言を呈している。今考えてみると、あれは高次圏のモデルとしてそれぞれ別に提唱されていたOperad、Segal-category、simplicial categoryなどの事を指していっていたのだろうという感じもする。確かにそれは門外漢から見たら「下らないアブストラクトナンセンス」に過ぎないだろう。しかし、SimpsonのHomotopy theory of Higher Categoriesなどを読めば分かるように、それらは明確な目的意識を以って発展していたものだ。事実、Kan, May, Quillen, Bousfield, Joyal, Jardine … そしてGrothendieckといった数々の数学者がそれに従事していた。VoevodskyのMotivic homotopy theoryやToenのDerived algebraic geometryも基礎的な部分をそれらに深く依存している。その壮大なプログラムに「おいてけぼり」をくらってしまったMacLaneの負け惜しみと言われても、残念ながら仕方ないと思う。
 
●総論
 いつもに増して雑多な感じになってしまった。要は自分の主張をまとめると次のようになる。

  • CWMは抽象的な圏論の具体的な形を知るのに適した本だが、真面目に読むと大変である。
  • 現代的にはその内容は少し不満があるといわざるを得ない。
  • 特に近年発展が著しい高次圏論は全くフォローできていないといえる。

 高次圏論を使った抽象代数幾何などと異なる方向の圏論の応用例としては論理学が挙げられるだろう。それとしては、MacLane-MoerdijkのSheaves in Geometry and Logicが定評のある本として挙げられる(し自分もそれには賛同する)が、SGLを読むにもCWMの5章程度まで程度の知識があれば十分であるといえる。そういう意味でも、やはりCWMは「帯に短し襷に長し」といった感が否めない。ロジックがメインの人ならAwodeyのCategory theoryのほうがもっと手軽だろう。

 Matheoverflowにもこのような議論がある。個人的にはBourceuxの本は分かりやすいし内容もより良いものだと思うが、(これだけボロクソに批判しておいてなんだが)MacLaneの味のある語り口に惹かれて圏論が好きになったという一面もある事は述べずにいられない。というのも「すべての概念はKan拡張である」という文言に惹かれて圏論を学んでいたのは事実なのだから!そう本当に自分にとって「はじまりはKan拡張」だったという訳なのです。
 
 ま、要は個人的には面白かったけど好き嫌いの出る本だと思うし、これを読んだからといって何かが出来るようになる訳でもないし、合わないなら上記のLinkで紹介されてる他の本を読んでみるといいかなってところですね。当たり前の話に落ち着いてしまいましたね。結構過激な事と適当な事を書いた自覚はあるので、ご意見は募集しておきます。

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はじまりはKan拡張

「ねえ、Kan拡張ってなに。」
「Kan拡張はねえ。Kan拡張はすべての概念みたいなもんだよ。」
教室からでるとキャンパスの並木道はもうすっかり暗くなっていた。
4月から数学科に進む2年生は必修の「集合と位相」の授業で、ぼくたちはKan拡張の定義を教わったところだった。
「うん、圏論の基礎にそう書いてあったもんね。でも、それがどうだっていうの?」
「どうって・・・Kan拡張の話すると長くなるからさ。晩ごはん食べてそれからってのはどう?」
「全ての概念だから仕方ないよね。えーと、9時には帰らないといけないんだけどそれまでならいいよ。」
「え、そんなには早く終わらないよ。まあいっか、きょうは1回目ってことで。」(そうか、こんな風に自然に誘えばよかったのか。)
「何ぶつぶつ言ってんの?早くいこうよ。」

第1話 ― 普遍随伴

「任意の前層が表現可能関手の余極限で書けるって定理あるでしょ。あれの証明って覚えてる?」
「覚えてるよ。でも、Kan拡張の話を教えてくれるんじゃなかったっけ。」
「そうだよ。それがKan拡張の話になるんだよ。」
「そうなの?だってコンマ圏を使えばすぐじゃない?」
「うん、そうだけどさ。じゃあそのコンマ圏の普遍性は?」
「なんか試験みたいだね。でも、普遍性なんて書いてたっけ?」
「ふつうそうやるよねってのを確かめといたほうがいいかなって思ったんだ。でもね、普遍性を使ってやっている面白い証明をこないだ見つけたんだ。」
「あれ、Kan拡張はMacLaneの「圏論の基礎」で勉強したって言ってなかったっけ?それって新しい本?」
「うん。alg_d.comというサイトのKan拡張の記事なんだ。」
「なにここで宣伝なんかしてるの?ちょっとまずくない?」
「大丈夫だよ、たぶん。この証明は圏論祭ってところでやってたものらしいし。」
「なんか話ずれてない?Kan拡張はどうしたの?」
「その証明がKan拡張なんだんもん。」
「えっそうなの?どうして。」
「証明してみればわかるんじゃないかな。授業じゃまだやってないけど、米田埋め込みの米田埋め込みに沿った左Kan拡張が恒等関手であることは使うよ。それを各点Kan拡張という方法で計算してみるね。」

\displaystyle C,D,Uを圏とし、\displaystyle f:C\to D, E:C\to Uを関手とする。このとき、\displaystyle E\displaystyle fに沿った左Kan拡張\displaystyle f\dagger E:D\to Uは存在すれば、\displaystyle d\in Dに対し\displaystyle f\dagger E(d):=\varinjlim_{(c,*)\in f\downarrow d} E(c)によって計算される。

「ちょっとまって、ここでコンマ圏がでてくるんだ。」
「うん、どう使うか見てて。」

この続きはJacob Lurie, Higher Topos Theoryでお読みください。

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∞カテゴリーIV

 前回の投稿で予告したように,simplicial setの持つ様々な帰着原理について紹介しよう.

●米田、余完備、Kan拡張
 さて,まず比較的一般性の高い事実から始めよう.simplicial setの圏\displaystyle \mathsf{Set}_\Deltaは前層の圏である.そこで,前層に一般的に成立する次の基本的な定理を復習しよう.

 Theorem.
 任意の前層\displaystyle P\in \mathsf{Set}^{C^{op}}は表現可能関手の余極限\displaystyle  \varinjlim_{y\downarrow P}  Hom(-,c_i)と同型である.

 
証明はMacLaneなどを参照されたい.index categoryの定義を述べていないが,とりあえず「任意の前層は表現可能関手の余極限で表される」と標語的に覚えておこう.以下では単に\displaystyle P\cong \varinjlim Hom(-,c_i)と表す.
 
 さて,実はこの定理から次の興味深い事実が成立する.

 Theorem.(Adjoint principle)
 \displaystyle C,Dを圏とし,関手\displaystyle f:C\to Dが与えられているとする.このとき,\displaystyle Dが余完備ならば,関手fの拡張\displaystyle F:\mathsf{Set}^{C^{op}}\to Dが存在する.また,Fには右随伴関手Gが存在する.

 
 これらF,Gはexplicitな構成を持つ.

  • \displaystyle F(P)=F(\varinjlim Hom(-,c_i)):=\varinjlim f(c_i)
  • \displaystyle G(d):=Hom_{D}(f(-),d)

これらが互いに随伴になることは容易に示される.実は\displaystyle C=\Deltaの場合に今までに出てきた随伴はこの具体例である。

 Example1.
 \displaystyle D=\mathsf{Top}、 fを標準n単体を与える関手とするとき、\displaystyle Fは幾何的実現関手、\displaystyle Gは特異単体関手である。

 

 Example2.
 \displaystyle D=\mathsf{Cat}、 fを包含関手とするとき、\displaystyle Fはホモトピー圏関手、\displaystyle GはNerve関手である。

 
幾何的実現関手や、ホモトピー圏関手は一般のsimplicial setに対してexplicitに書くことは容易ではない。しかし、ここで大切なのは「全体としてはよく分からない関手だが随伴が存在する」という事だ。本質的には\displaystyle \Delta 上で決まっているので、次のような構成を行うことが出来る。

 Example3.
 \displaystyle D=\mathsf{Cat_{\Delta}}、 fを[n]に対してsimplicial category [n]を与える関手とするとき、\displaystyle Fはsimplicial圏化関手、\displaystyle GはSimplicial nerve関手である。

 
この左随伴関手はsimplicial enriched categoryの圏\displaystyle \mathsf{Cat}_{\Delta} での余極限というよく分からないものを用いて定義されている。しかし実はこの関手が後にsimplicial categoryとquasi-categoryの同値性を与える関手であることが分かる。こういった超越的な構成で同値性を示すことが出来るのも、本質的には\displaystyle \Delta 上の議論に帰着させることが出来るからである。

●filtration
 更にもう一つの大きな武器である,simplicial setの持つfiltrationについて説明しよう.位相空間の中でもCW複体は構造が分かりやすいものとされる.それは,CW複体Xは有限n部分複体X_nの余極限として定義され、X_nからX_{n+1}は接着写像によるpush outによって定義されるからである。
 
 ここで大切なのは、実はこの類似の主張は任意のsimplicial setに対して成立する。 つまり「任意のsimplicial setは有限次元のsimplicial setのfiltered colimitとして表すことが出来る」うえに「n次元sub-simplicial setからn+1次元sub-simplicial setは接着写像によるpush outによって得られる」という事である。正確な主張や証明についてはJoyal-TierneyのNotes on simplicial homotopy theoryの最初のSectionを参照されたい。

 このギミックにより、例えばsimplicial setに対するfiltered colimitに閉じた命題は有限次元simplicial setに対して証明すれば十分であり、また有限次元simplicial setへの命題も次元による帰納法により特定の形のpush outによって保存するかのみ確認すれば十分になることもある。このような議論はHigher Topos Theoryで繰り返し使われる。(例えば一例としてProp2.2.2.7を参照されたい。)

 この他にも\displaystyle \mathsf{Set}_{\Delta}はSmall object argumentを行えるという強みもある。しかし、その説明をするのはここまで明確な定義を述べてこなかったモデル圏の定義や使われ方を述べた後にしたほうが良いだろう。次回以降の記事でモデル圏の定義や、それらを用いた複数の∞カテゴリーのモデルの同値性の定式化を行う事にしよう。

【お詫び】代数的トポロジー信州春の学校に参加するなどしたため、更新が著しく滞ってしまいました。日付的には前後してしまうかもしれませんが、∞カテゴリーの記事は少しずつ更新していこうと思います。

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∞カテゴリーIII

 前回の二回の投稿で∞カテゴリーの一つのモデルであるquasi categoryについて解説してきた.その話によると,位相空間(の特異単体)や圏はsimplicial setの中でそれぞれ特徴づけを持ち,それらの性質を合わせたものがquasi categoryなのであった.では,なぜsimplicial setで考える事に意味があるのか,それにはどういった優位性があるのだろうか,と考えるのは自然な疑問だろう.今回はそれに対する一つの答えを与えようと思う.

●Simplicial setの圏論的性質
 まずは,圏論的な性質から考察しよう.これに関しては,simplicial setは位相空間と比べ格段に「良い」性質を持つ事が知られている.というのも,位相空間の圏は性質が悪すぎるのだ.

 例えば,位相空間の圏はカルテシアン閉ではない.つまり,\displaystyle Hom_{\mathsf{Top}}(X\times Y,Z)\cong Hom_{\mathsf{Top}}(X,Z^Y)は成立しない.また,2つのCW複体\displaystyle X,Yの直積空間\displaystyle X\times YにCW複体の構造が入るとは入らない.これらの問題は,前者は\displaystyle Yが局所コンパクト,後者は片方の空間が局所コンパクトなら実は成立する.しかし,では局所コンパクト空間のみ考えればよいかといえば,今度は局所コンパクト空間の圏\displaystyle \mathsf{LocCpt}は余極限について閉じない.

 このように,何かを求めれば何かを失うといったところで,圏論的にも扱いやすい位相空間のクラスを見つけるという事は半世紀ほど前の一つの問題であった.そこでSteenrodのA convenient category of topological spacesなどで提案されてきたのが,コンパクト生成空間だ.詳細は述べないが,このクラスにおいては余極限は変わらないが,ケリー化と呼ばれる通常と少し異なる直積位相を用いる.実はそれにより,前の二つの問題はどちらとも解決される.topological categoryの定義でコンパクト生成ハウスドルフ空間を用いるのも,実はこのような圏論的な要請が関連している.

 話をsimplicial setに戻そう.位相空間の圏と異なり,simplicial setの圏は非常に良い圏論的な性質を持つ.それは,この圏が関手圏\displaystyle \mathsf{Set}^{\Delta^{op}}に他ならないため,\displaystyle \mathsf{Set}から多くの良い性質を引き継げる事に多くを起因する.例えば,\displaystyle \mathsf{Set}_{\Delta}は完備かつ余完備で,カルテシアン閉でもある.また,関手圏なので極限や余極限はsectionwiseに\displaystyle \mathsf{Set}内で求めればよい.更に,これは棚から牡丹餅とも言えるが,前層の圏なので特に(Grothendieck) toposになっている.そこで,topos理論などの少々高等な圏論を用いる事も出来る.必ずしもこれら全ての性質を使うとは限らないが,なんといっても使える手が多いのだ.
 
●抽象化の力
 しかし,この説明にはかなり不満も多いだろう.というのも,位相空間にはイメージのしやすさという明確な優位性がある.少々simplicial setの圏の性質が良かったところで,少なくとも位相空間に関する事は位相空間内で考えるほうが「分かりやすい」だろう.これは圏に関してもそうだ.ある程度,圏論のイメージを掴んでいる人なら,Nerveを取らなくとも通常の圏のまま扱う方が分かりやすいに決まっている.
 
 その感覚は正しいだろう.では,わざわざなぜsimplicial setで考えるのか?それを説明するために,一つの例としてgroupoidを値に持つ(co)fibered categoryを挙げてみようと思う.古典的には,これには同値な二つの定義がある.(例えばSGA1を参照されたい.)

 Definition1.(cofibered category)
 \displaystyle D上のcofibered categoryとは2-関手\displaystyle \phi :D \to \mathsf{Grpd}の事である.

 
 2-関手とは関手性がup to isomorphismでしか成立しないという事を意味する.もう一つの定義はいささか複雑になる.

 Definition2.(cofibered category)
 \displaystyle D上のcofibered categoryとは関手\displaystyle F:C\to D
 (1) すべての\displaystyle c\in ob(C)とすべての射\displaystyle \eta:F(c)\to dに対して,ある射\displaystyle \tilde{\eta}:c\to \tilde{d}が存在して\displaystyle F(\tilde{\eta})=\etaが成立する,
 (2) すべての射\displaystyle (\eta:c\to c')\in Mor(C)と対象\displaystyle c''\in ob(C)に対して
\displaystyle Hom_{C}(c',c'')\to Hom_{C}(c,c'')\times_{Hom_{D}(F(c),F(c''))}Hom_{D}(F(c'),F(c''))は全単射,を満たすものをいう.

 
 これらの同値性はGrothendieck構成によって得られる.

 Theorem.(Grothendieck construction)
 圏同値\displaystyle \int :\mathsf{Fun}(D,\mathsf{Grpd})\cong \mathsf{Cofib}^{\mathsf{Gprd}}(D)が存在する.

 
 圏同値なのならどちらも同じかと思うかもしれないが,そういう訳ではない.前者は一見シンプルで分かりやすいが,2-圏的な対象であるという難しさがある.それに比べ後者は少々複雑な条件が伴うが,2-圏的な要素を排除する事に成功している.このような「分かりやすさと扱いやすさのトレードオフ」は数学の様々な場面で付きまとう問題である.
 
 ここで,実はDefinition 2はsimplicial setの条件に書き換える事が出来る.具体的には次が成立する.

 Theorem.(HTT, Prop2.1.1.3)
 関手\displaystyle F:C\to DがDefinition 2の意味でcofibered categoryである事と,そのNerve \displaystyle N(F):N(C)\to N(D) がすべてのleft horn inclusion \displaystyle \{\Lambda^n_{k}\to \Delta^n|0\leq k <n\}に対してRight lifting propertyを満たす事は同値である.

 
 ここまで来ると,もはや当初の姿からはかけ離れているだろう.名前の元となったであろう「各対象のファイバーにGroupoidがある」というイメージは全くなくなり,Lifting Propertyというパズルのような条件へと昇華されてしまった.自分はこれがsimplicial setの,ひいては抽象論の強みだと考える.つまり,技術的な困難に対し,あえて「イメージ」を捨象する事によりsimplicial setの「パズル」に帰着させるのである

 更にsimplicial setは様々な帰着原理を持つ.それにより,多くの命題は\displaystyle \partial \Delta^n, \Lambda^n_k, \Delta^nといった特定のsimplicial setに関する命題に帰着することが出来る.これは多くの場合,単なる組み合わせ論になる.それらも紹介したかったところだが,思ったよりここまでの説明が長くなってしまった.次回の記事で紹介することにしよう.

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∞カテゴリーII

 前の記事に引き続き,∞カテゴリーの解説をしよう.今回は,前回いささか突拍子もない定義で与えられたquasi categoryの定義について納得することを目標としよう.

●Simplicial setとは
 まずはsimplicial setについて説明しよう.これは歴史的には様々な試行錯誤の元洗練されてきたものなので,現在では少々天下り的な定義が用いられる.

 Definition.(Simplicial Set)
 Sipmlex category \Deltaを対象が空でない線形順序集合\displaystyle [n] = \{0,1,\cdots, n \} で射が順序を(広義で)保つ写像であるような圏とする.Simplicial setとは反変関手\displaystyle F:\Delta^{op}\to \mathsf{Set}の事である.Simplicial setの射とは自然変換である.Simplicial setの圏を\displaystyle \mathsf{Set}_{\Delta}で表す.

 
 simplicial setの例としてはまず次が挙げられる.

 Example.(Singular set)
 位相空間Xに対して,特異単体集合\displaystyle Sing(X)[n]=Hom_{\mathsf{Top}}(|\Delta^n|,X)はsimplicial setを与える.ここで,\displaystyle |\Delta^{n}|=\{(x_0, x_1,\cdots, x_n)\in\mathbb{R}^{n+1} |  \sum_{i=1}^{n} x_i=1, 0 \leq x_i \leq 1 \}は標準n単体を表す.また,この対応は特異単体関手\displaystyle Sing(-):\mathsf{Top}\to \mathsf{Set}_{\Delta}を与える.

 
 また,このようにして得られるsimplicial setは次の条件を満たす.

 Fact.(Kan extension condition)
 \displaystyle Sing(X)はすべてのHorn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n} |n\in\mathbb{N}, 0\leq k \leq n\}に対して(uniqueとは限らない)Extension propertyを満たす.

 
 \displaystyle \Lambda^{n}_{k}の定義などはさておき,ここでquasi categoryの定義と似た条件が出てきた.異なる点は,k=0,nに対しても条件を満たすかどうかのみだ.この条件を満たすsimplicial setを一般にKan complexという.

 Definition.(Kan complex)
 simplicial set SがKan complexであるとは,すべてのhorn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n}|0\leq k \leq n\}に対して(uniqueとは限らない)Extension propertyを持つ事をいう.

 
 この話の出発点は,実はsimplicial setやKan complexが,位相空間やCW複体のような空間的な概念を持つという考察による.

●空間としてのsimplicial set
 Simplicial setの”空間”的な性質はQuillenやKanなどの位相幾何学者によって早い段階で考察されていたが,教科書の形で明確に出版されたのはおそらくMayのSimplicial objects in Algebraic topologyが最初だろう.その内容をざっくりとまとめると次のようになる.

  1. Kan complexには基本群やホモトピー群の概念が定義できる.
  2. その他多くの概念の対応物,例えばEilenberg-MacLane空間に対応するものも定義できる.
  3. 位相空間のホモトピー群とその特異単体のホモトピー群は同じになる.そしてその逆にあたる事も言える.

 最後の主張の「逆」という意味は少し不明瞭だろう.具体的には次が成立する.

 Theorem.(Geometric Realization)
 特異単体関手\displaystyle Sing(-):\mathsf{Top}\to \mathsf{Set}_{\Delta}には左随伴関手\displaystyle |-|:\mathsf{Set}_{\Delta}\to \mathsf{Top}が存在する.この関手を幾何的実現関手という.

 
 曖昧な言い方をすると,「逆」とはこの幾何的実現もホモトピー群などを変えないという事だ.Mayではこの形では述べられていないが,この二つの対象の同値性を現代的な形で述べると次のようになる.(例えば,Jardine, GoerssのSimplicial Homotopy Theoryなどを参照されたい.)

 Theorem.(Quillen equivalence)
 位相空間の圏とsimplicial setの圏の幾何的実現と特異単体関手の随伴は,モデル圏としての同値を与える.

 
 モデル圏は∞カテゴリー理論で中心的な役割を担うが,その詳しい説明は後に回そう.何はともあれ,simplicial setと位相空間はこれらの随伴である意味で同値なものとみなすことが出来,特にKan complexはCW複体のような「良い空間」とみることが出来るという訳だ.例えば,明確な定義は与えないが次の定理は位相空間のCW近似定理の類似とも見る事が出来る.

 Theorem.(Kan fibrant replacement)
 任意のsimplicial set \displaystyle Xに対して\displaystyle Ex^{\infty}(X)はKan complexである.また,自然な射\displaystyle i_{X}:X\to Ex^{\infty}(X)はweak equivalenceである.

 
●Simplicial setとしての圏
 さて,以上の説明でsimplicial setと位相空間の類似性については納得していただけたかもしれないが,当初の目的を考えると謎は深まるばかりだろう.今回の目的は別にホモトピー論ではなく,圏論だったはずだ.なぜこれが関係しているのだろう?その答えは圏とsimplicial setの関係についての次の類似の考察によって得られる.

 Definition.(Nerve)
 圏Cに対して\displaystyle N(C)[n]=Hom_{\mathsf{Cat}}([n],C)はsimplicial setを与える.ここで,\displaystyle [n]は線形順序集合を圏としてみなしたものとする.また,この対応は関手\displaystyle N(-):\mathsf{Cat}\to\mathsf{Set}_{\Delta}を与える.

 
 これを圏のNerveという.また,Nerveにも随伴関手が存在する.

 Theorem.(Homotopy category)
 Nerve関手\displaystyle N(-):\mathsf{Cat}\to \mathsf{Set}_{\Delta}には左随伴関手\displaystyle h(-):\mathsf{Set}_{\Delta}\to \mathsf{Cat}が存在する.この関手での像をホモトピー圏という.

 
 特筆すべきことは,実は次のようにして圏のNerveから得られるsimplicial setを特徴づける事が出来るという事だ.

 Theorem.(HTT,Prop1.1.2.2)
 simplicial set Sがある圏CのNerveと同型である事と,すべてのinner horn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n}|0< k < n\}に対してuniqueなExtension propertyを持つ事は同値である.

 
 この定理を見てピンと来る方は多いのではないだろうか.Nerveは忠実充満な関手であるので,この定理は通常の圏を特定の性質を満たすsimplicial setとして特徴づけられる事を述べている.唯一の違いはExtension propertyのuniquenessという事になる.

●空間と圏の「キマイラ」
 ここでquasi categoryの定義に戻ろう.

 Definition.(quasi category)
 simplicial set Sがquasi categoryであるとは,すべてのinner horn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n}|0< k < n\}に対して(uniqueとは限らない)Extension propertyを持つ事をいう.

 
 ようやくこの定義の意味が分かったのではないだろうか.この定義はKan complexと圏のNerveの性質を抽出し,両者を同時に扱えるようにしたものである.つまり標語的に言えば「quasi category = Kan complex + category」と言えるだろう.

 しかし,まだこの説明にも不満な方も多いのではないだろうか.この定義では「空間と圏のキマイラ」という印象は伝わっても,なぜそれが∞カテゴリーとみなせるのかという事は全く自明ではない. 事実,その感覚は正しい.
 実はquasi categoryは元々Boradman, Vogtによりweak Kan complexという名前で,∞カテゴリーとさほど関係のない文脈で1973年に定義されたものだ.それが∞カテゴリーのモデルと見なせる事をJoyalやLurieが見出すまでには,長い年月を要した.これが「∞カテゴリーの哲学」を実現している事をはじめて明確に確認できるのは,Joyalによる次の定理に到達した時だろう.

 Theorem.(HTT, Corolarry 2.3.2.2)
 simplicial set Sがquasi categoryである事と,horn inclusion \displaystyle i:\Lambda^{2}_{1}\to \Delta^{2}から誘導される射\displaystyle i^*:\mathsf{Fun}(\Delta^{2},S)\to \mathsf{Fun}(\Lambda^{2}_{1},S)がtrivial fibrationである事は同値である.

 
 この定理を見ても,初見でその「意味」を理解する事は難しいだろう.しかし,ひとたび圏論的概念をquasi categoryやsimplicial setに拡張すれば,この定理は「quasi categoryは圏の射の合成をup to homotopicにしたものである.」という主張を意味していると考える事が出来る.このように,まだまだ∞カテゴリーへの道のりは長い.前回浮かんだ疑問にもすべて答えられていないのに,また新たな疑問が生まれてしまう.しかし,それはこの理論が長い年月をかけた様々な純粋な考察の積み重ねの上に成立しているからなのだ.
 
 ひとまずこのあたりで「quasi categoryの定義の意味を納得する」という今回の目標は達成できた事にして,次回以降,simplicial setの優位性やモデル圏の理論についての解説をする事にしよう.

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