圏論の基礎

 圏論の教科書として、一つの定番と呼ばれる本がMacLaneのCategories for the Working Mathematician(邦訳:圏論の基礎)だ。この本は自分自身にとっても大学に入ってから最初に読みふけり、読み切った本としてとても親しみ深い本である。しかし、先日久しぶりに手に取って眺めなおしてみると、少し物足りないと感じるところや良くないと感じるところも多くある。そこで「圏論の基礎(以下CWM)」について今の立場から思う所をレビューしてみようと思う。

●MacLaneのスタイル
 まず、CWMに限らずMacLaneの書く本(例えばHomology)は特徴がある。それは「具体から抽象へ」という流れを明確に意識している点だ。例えば、随伴関手の説明をするとする。すると、一般的な話をする前に自由ベクトル空間と忘却関手の話をする。自由グラフの話をする。それらの構造を意識しながら、共通する構造を抽出していこうというスタイルをとる。これは、同じ圏論の黎明期の数学者でも、ある意味「抽象論は抽象論として扱う」とも言えるGrothendieckとは対照的なスタイルだ。
 このスタイルには功罪あるといえる。それはよく言えば「アブストラクトナンセンス」になる心配はないとも言えるし、悪く言えば「アブストラクトナンセンス」になり切れないところであるとも言える。結果から言ってしまえば、GrothendieckのTohokuやSGAで展開された圏論に比べると、CWM内で展開されている圏論は他の数学(例えば代数幾何学や数論幾何学)への応用を意識した時に別段使い物にならないものが多い。つまり「圏論」というアイデアを理解するのには役立っても、圏論自身を役立てるには武器として少し心もとないといえる。
 
●情報源としてのCWM
 もう少し内容について具体的に言及しよう。まず、これは上記のようなMacLaneのスタイルの弊害とも言えるが「とにかく具体例が多くてうんざりしてしまう」ということは実際に読む際に大きな障壁となるだろう。正直なところ、CWMに載っている様々な具体例をすべて知っている人なんて現役の数学者でもあまりいないだろう。テンソル積や射影加群程度ならともかく、位相空間のStone-Cechコンパクト化を専門外の人が知っているとも思えない。リー群からリー環を与える操作を知らなくても関手という概念は理解できるだろう。つまり、知らない具体例を気にしだすときりがないということに気を付けるべきであるといえる。

 自分の場合この本を読んだのは学部1年生の時だったという事も幸いして、何も知らなくて当然なので逆に「いろいろな数学の分野を知る情報源」と考える事が出来たのはとても良かったと考えている。章末のHistorical Remarkのようなお話もとても面白かった。そこから原論文をたどることによってまた異なる印象を抱いたり、歴史的な流れを感じることが出来たのは後に更に高度な(高次な)圏論を勉強する際にとても役に立ったと感じている。
 
●CWMの限界
 そのうえで、より具体的な批判に入ろう。結論から言えば「圏論の基礎」は内容が少なすぎるという明確な問題がある。勿論、これは代数幾何学などに圏論を実践的に応用することを視野に入れているという前提での話である。これは圏論に関する当時の多くの文献を読みふけっていながら感じたことでもある。というのも、CWMが出版されたのは1972年だが、その頃にはすでに圏論の研究の中心は高次圏へと移っていたのである。例えば、その一例としてモデル圏を導入したQuillenのHomotopical Algebraは1967年に出版されている。
 しかし、CWMは最終章に少しだけ高次圏の話が述べられているものの、殆ど何も書いていないに等しい。高次圏論的な議論が出来るKan拡張も1-圏的に行い、その結果非常に見通しの悪い証明となっているといわざるを得ない。後半にかけて雑多な内容を集めているにも関わらず、「圏の局所化」のような圏論における基本的な操作すら述べていないというのも非常に疑問である。また、多くの形で幅広い数学に関わる単体的手法についても、言及しているにも関わらず全く話が広がっていないというのが不思議である。何なら、それだけで一章を割く価値があるといっても過言ではないと思うのだが・・・。
 
 正確な文言は覚えていないが、晩年のMacLaneが「数学の基礎をめぐる論争」において当時(1980年頃)の圏論界に苦言を呈している。今考えてみると、あれは高次圏のモデルとしてそれぞれ別に提唱されていたOperad、Segal-category、simplicial categoryなどの事を指していっていたのだろうという感じもする。確かにそれは門外漢から見たら「下らないアブストラクトナンセンス」に過ぎないだろう。しかし、SimpsonのHomotopy theory of Higher Categoriesなどを読めば分かるように、それらは明確な目的意識を以って発展していたものだ。事実、Kan, May, Quillen, Bousfield, Joyal, Jardine … そしてGrothendieckといった数々の数学者がそれに従事していた。VoevodskyのMotivic homotopy theoryやToenのDerived algebraic geometryも基礎的な部分をそれらに深く依存している。その壮大なプログラムに「おいてけぼり」をくらってしまったMacLaneの負け惜しみと言われても、残念ながら仕方ないと思う。
 
●総論
 いつもに増して雑多な感じになってしまった。要は自分の主張をまとめると次のようになる。

  • CWMは抽象的な圏論の具体的な形を知るのに適した本だが、真面目に読むと大変である。
  • 現代的にはその内容は少し不満があるといわざるを得ない。
  • 特に近年発展が著しい高次圏論は全くフォローできていないといえる。

 高次圏論を使った抽象代数幾何などと異なる方向の圏論の応用例としては論理学が挙げられるだろう。それとしては、MacLane-MoerdijkのSheaves in Geometry and Logicが定評のある本として挙げられる(し自分もそれには賛同する)が、SGLを読むにもCWMの5章程度まで程度の知識があれば十分であるといえる。そういう意味でも、やはりCWMは「帯に短し襷に長し」といった感が否めない。ロジックがメインの人ならAwodeyのCategory theoryのほうがもっと手軽だろう。

 Matheoverflowにもこのような議論がある。個人的にはBourceuxの本は分かりやすいし内容もより良いものだと思うが、(これだけボロクソに批判しておいてなんだが)MacLaneの味のある語り口に惹かれて圏論が好きになったという一面もある事は述べずにいられない。というのも「すべての概念はKan拡張である」という文言に惹かれて圏論を学んでいたのは事実なのだから!そう本当に自分にとって「はじまりはKan拡張」だったという訳なのです。
 
 ま、要は個人的には面白かったけど好き嫌いの出る本だと思うし、これを読んだからといって何かが出来るようになる訳でもないし、合わないなら上記のLinkで紹介されてる他の本を読んでみるといいかなってところですね。当たり前の話に落ち着いてしまいましたね。結構過激な事と適当な事を書いた自覚はあるので、ご意見は募集しておきます。

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∞カテゴリーIV

 前回の投稿で予告したように,simplicial setの持つ様々な帰着原理について紹介しよう.

●米田、余完備、Kan拡張
 さて,まず比較的一般性の高い事実から始めよう.simplicial setの圏\displaystyle \mathsf{Set}_\Deltaは前層の圏である.そこで,前層に一般的に成立する次の基本的な定理を復習しよう.

 Theorem.
 任意の前層\displaystyle P\in \mathsf{Set}^{C^{op}}は表現可能関手の余極限\displaystyle  \varinjlim_{y\downarrow P}  Hom(-,c_i)と同型である.

 
証明はMacLaneなどを参照されたい.index categoryの定義を述べていないが,とりあえず「任意の前層は表現可能関手の余極限で表される」と標語的に覚えておこう.以下では単に\displaystyle P\cong \varinjlim Hom(-,c_i)と表す.
 
 さて,実はこの定理から次の興味深い事実が成立する.

 Theorem.(Adjoint principle)
 \displaystyle C,Dを圏とし,関手\displaystyle f:C\to Dが与えられているとする.このとき,\displaystyle Dが余完備ならば,関手fの拡張\displaystyle F:\mathsf{Set}^{C^{op}}\to Dが存在する.また,Fには右随伴関手Gが存在する.

 
 これらF,Gはexplicitな構成を持つ.

  • \displaystyle F(P)=F(\varinjlim Hom(-,c_i)):=\varinjlim f(c_i)
  • \displaystyle G(d):=Hom_{D}(f(-),d)

これらが互いに随伴になることは容易に示される.実は\displaystyle C=\Deltaの場合に今までに出てきた随伴はこの具体例である。

 Example1.
 \displaystyle D=\mathsf{Top}、 fを標準n単体を与える関手とするとき、\displaystyle Fは幾何的実現関手、\displaystyle Gは特異単体関手である。

 

 Example2.
 \displaystyle D=\mathsf{Cat}、 fを包含関手とするとき、\displaystyle Fはホモトピー圏関手、\displaystyle GはNerve関手である。

 
幾何的実現関手や、ホモトピー圏関手は一般のsimplicial setに対してexplicitに書くことは容易ではない。しかし、ここで大切なのは「全体としてはよく分からない関手だが随伴が存在する」という事だ。本質的には\displaystyle \Delta 上で決まっているので、次のような構成を行うことが出来る。

 Example3.
 \displaystyle D=\mathsf{Cat_{\Delta}}、 fを[n]に対してsimplicial category [n]を与える関手とするとき、\displaystyle Fはsimplicial圏化関手、\displaystyle GはSimplicial nerve関手である。

 
この左随伴関手はsimplicial enriched categoryの圏\displaystyle \mathsf{Cat}_{\Delta} での余極限というよく分からないものを用いて定義されている。しかし実はこの関手が後にsimplicial categoryとquasi-categoryの同値性を与える関手であることが分かる。こういった超越的な構成で同値性を示すことが出来るのも、本質的には\displaystyle \Delta 上の議論に帰着させることが出来るからである。

●filtration
 更にもう一つの大きな武器である,simplicial setの持つfiltrationについて説明しよう.位相空間の中でもCW複体は構造が分かりやすいものとされる.それは,CW複体Xは有限n部分複体X_nの余極限として定義され、X_nからX_{n+1}は接着写像によるpush outによって定義されるからである。
 
 ここで大切なのは、実はこの類似の主張は任意のsimplicial setに対して成立する。 つまり「任意のsimplicial setは有限次元のsimplicial setのfiltered colimitとして表すことが出来る」うえに「n次元sub-simplicial setからn+1次元sub-simplicial setは接着写像によるpush outによって得られる」という事である。正確な主張や証明についてはJoyal-TierneyのNotes on simplicial homotopy theoryの最初のSectionを参照されたい。

 このギミックにより、例えばsimplicial setに対するfiltered colimitに閉じた命題は有限次元simplicial setに対して証明すれば十分であり、また有限次元simplicial setへの命題も次元による帰納法により特定の形のpush outによって保存するかのみ確認すれば十分になることもある。このような議論はHigher Topos Theoryで繰り返し使われる。(例えば一例としてProp2.2.2.7を参照されたい。)

 この他にも\displaystyle \mathsf{Set}_{\Delta}はSmall object argumentを行えるという強みもある。しかし、その説明をするのはここまで明確な定義を述べてこなかったモデル圏の定義や使われ方を述べた後にしたほうが良いだろう。次回以降の記事でモデル圏の定義や、それらを用いた複数の∞カテゴリーのモデルの同値性の定式化を行う事にしよう。

【お詫び】代数的トポロジー信州春の学校に参加するなどしたため、更新が著しく滞ってしまいました。日付的には前後してしまうかもしれませんが、∞カテゴリーの記事は少しずつ更新していこうと思います。

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∞カテゴリーIII

 前回の二回の投稿で∞カテゴリーの一つのモデルであるquasi categoryについて解説してきた.その話によると,位相空間(の特異単体)や圏はsimplicial setの中でそれぞれ特徴づけを持ち,それらの性質を合わせたものがquasi categoryなのであった.では,なぜsimplicial setで考える事に意味があるのか,それにはどういった優位性があるのだろうか,と考えるのは自然な疑問だろう.今回はそれに対する一つの答えを与えようと思う.

●Simplicial setの圏論的性質
 まずは,圏論的な性質から考察しよう.これに関しては,simplicial setは位相空間と比べ格段に「良い」性質を持つ事が知られている.というのも,位相空間の圏は性質が悪すぎるのだ.

 例えば,位相空間の圏はカルテシアン閉ではない.つまり,\displaystyle Hom_{\mathsf{Top}}(X\times Y,Z)\cong Hom_{\mathsf{Top}}(X,Z^Y)は成立しない.また,2つのCW複体\displaystyle X,Yの直積空間\displaystyle X\times YにCW複体の構造が入るとは入らない.これらの問題は,前者は\displaystyle Yが局所コンパクト,後者は片方の空間が局所コンパクトなら実は成立する.しかし,では局所コンパクト空間のみ考えればよいかといえば,今度は局所コンパクト空間の圏\displaystyle \mathsf{LocCpt}は余極限について閉じない.

 このように,何かを求めれば何かを失うといったところで,圏論的にも扱いやすい位相空間のクラスを見つけるという事は半世紀ほど前の一つの問題であった.そこでSteenrodのA convenient category of topological spacesなどで提案されてきたのが,コンパクト生成空間だ.詳細は述べないが,このクラスにおいては余極限は変わらないが,ケリー化と呼ばれる通常と少し異なる直積位相を用いる.実はそれにより,前の二つの問題はどちらとも解決される.topological categoryの定義でコンパクト生成ハウスドルフ空間を用いるのも,実はこのような圏論的な要請が関連している.

 話をsimplicial setに戻そう.位相空間の圏と異なり,simplicial setの圏は非常に良い圏論的な性質を持つ.それは,この圏が関手圏\displaystyle \mathsf{Set}^{\Delta^{op}}に他ならないため,\displaystyle \mathsf{Set}から多くの良い性質を引き継げる事に多くを起因する.例えば,\displaystyle \mathsf{Set}_{\Delta}は完備かつ余完備で,カルテシアン閉でもある.また,関手圏なので極限や余極限はsectionwiseに\displaystyle \mathsf{Set}内で求めればよい.更に,これは棚から牡丹餅とも言えるが,前層の圏なので特に(Grothendieck) toposになっている.そこで,topos理論などの少々高等な圏論を用いる事も出来る.必ずしもこれら全ての性質を使うとは限らないが,なんといっても使える手が多いのだ.
 
●抽象化の力
 しかし,この説明にはかなり不満も多いだろう.というのも,位相空間にはイメージのしやすさという明確な優位性がある.少々simplicial setの圏の性質が良かったところで,少なくとも位相空間に関する事は位相空間内で考えるほうが「分かりやすい」だろう.これは圏に関してもそうだ.ある程度,圏論のイメージを掴んでいる人なら,Nerveを取らなくとも通常の圏のまま扱う方が分かりやすいに決まっている.
 
 その感覚は正しいだろう.では,わざわざなぜsimplicial setで考えるのか?それを説明するために,一つの例としてgroupoidを値に持つ(co)fibered categoryを挙げてみようと思う.古典的には,これには同値な二つの定義がある.(例えばSGA1を参照されたい.)

 Definition1.(cofibered category)
 \displaystyle D上のcofibered categoryとは2-関手\displaystyle \phi :D \to \mathsf{Grpd}の事である.

 
 2-関手とは関手性がup to isomorphismでしか成立しないという事を意味する.もう一つの定義はいささか複雑になる.

 Definition2.(cofibered category)
 \displaystyle D上のcofibered categoryとは関手\displaystyle F:C\to D
 (1) すべての\displaystyle c\in ob(C)とすべての射\displaystyle \eta:F(c)\to dに対して,ある射\displaystyle \tilde{\eta}:c\to \tilde{d}が存在して\displaystyle F(\tilde{\eta})=\etaが成立する,
 (2) すべての射\displaystyle (\eta:c\to c')\in Mor(C)と対象\displaystyle c''\in ob(C)に対して
\displaystyle Hom_{C}(c',c'')\to Hom_{C}(c,c'')\times_{Hom_{D}(F(c),F(c''))}Hom_{D}(F(c'),F(c''))は全単射,を満たすものをいう.

 
 これらの同値性はGrothendieck構成によって得られる.

 Theorem.(Grothendieck construction)
 圏同値\displaystyle \int :\mathsf{Fun}(D,\mathsf{Grpd})\cong \mathsf{Cofib}^{\mathsf{Gprd}}(D)が存在する.

 
 圏同値なのならどちらも同じかと思うかもしれないが,そういう訳ではない.前者は一見シンプルで分かりやすいが,2-圏的な対象であるという難しさがある.それに比べ後者は少々複雑な条件が伴うが,2-圏的な要素を排除する事に成功している.このような「分かりやすさと扱いやすさのトレードオフ」は数学の様々な場面で付きまとう問題である.
 
 ここで,実はDefinition 2はsimplicial setの条件に書き換える事が出来る.具体的には次が成立する.

 Theorem.(HTT, Prop2.1.1.3)
 関手\displaystyle F:C\to DがDefinition 2の意味でcofibered categoryである事と,そのNerve \displaystyle N(F):N(C)\to N(D) がすべてのleft horn inclusion \displaystyle \{\Lambda^n_{k}\to \Delta^n|0\leq k <n\}に対してRight lifting propertyを満たす事は同値である.

 
 ここまで来ると,もはや当初の姿からはかけ離れているだろう.名前の元となったであろう「各対象のファイバーにGroupoidがある」というイメージは全くなくなり,Lifting Propertyというパズルのような条件へと昇華されてしまった.自分はこれがsimplicial setの,ひいては抽象論の強みだと考える.つまり,技術的な困難に対し,あえて「イメージ」を捨象する事によりsimplicial setの「パズル」に帰着させるのである

 更にsimplicial setは様々な帰着原理を持つ.それにより,多くの命題は\displaystyle \partial \Delta^n, \Lambda^n_k, \Delta^nといった特定のsimplicial setに関する命題に帰着することが出来る.これは多くの場合,単なる組み合わせ論になる.それらも紹介したかったところだが,思ったよりここまでの説明が長くなってしまった.次回の記事で紹介することにしよう.

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∞カテゴリーII

 前の記事に引き続き,∞カテゴリーの解説をしよう.今回は,前回いささか突拍子もない定義で与えられたquasi categoryの定義について納得することを目標としよう.

●Simplicial setとは
 まずはsimplicial setについて説明しよう.これは歴史的には様々な試行錯誤の元洗練されてきたものなので,現在では少々天下り的な定義が用いられる.

 Definition.(Simplicial Set)
 Sipmlex category \Deltaを対象が空でない線形順序集合\displaystyle [n] = \{0,1,\cdots, n \} で射が順序を(広義で)保つ写像であるような圏とする.Simplicial setとは反変関手\displaystyle F:\Delta^{op}\to \mathsf{Set}の事である.Simplicial setの射とは自然変換である.Simplicial setの圏を\displaystyle \mathsf{Set}_{\Delta}で表す.

 
 simplicial setの例としてはまず次が挙げられる.

 Example.(Singular set)
 位相空間Xに対して,特異単体集合\displaystyle Sing(X)[n]=Hom_{\mathsf{Top}}(|\Delta^n|,X)はsimplicial setを与える.ここで,\displaystyle |\Delta^{n}|=\{(x_0, x_1,\cdots, x_n)\in\mathbb{R}^{n+1} |  \sum_{i=1}^{n} x_i=1, 0 \leq x_i \leq 1 \}は標準n単体を表す.また,この対応は特異単体関手\displaystyle Sing(-):\mathsf{Top}\to \mathsf{Set}_{\Delta}を与える.

 
 また,このようにして得られるsimplicial setは次の条件を満たす.

 Fact.(Kan extension condition)
 \displaystyle Sing(X)はすべてのHorn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n} |n\in\mathbb{N}, 0\leq k \leq n\}に対して(uniqueとは限らない)Extension propertyを満たす.

 
 \displaystyle \Lambda^{n}_{k}の定義などはさておき,ここでquasi categoryの定義と似た条件が出てきた.異なる点は,k=0,nに対しても条件を満たすかどうかのみだ.この条件を満たすsimplicial setを一般にKan complexという.

 Definition.(Kan complex)
 simplicial set SがKan complexであるとは,すべてのhorn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n}|0\leq k \leq n\}に対して(uniqueとは限らない)Extension propertyを持つ事をいう.

 
 この話の出発点は,実はsimplicial setやKan complexが,位相空間やCW複体のような空間的な概念を持つという考察による.

●空間としてのsimplicial set
 Simplicial setの”空間”的な性質はQuillenやKanなどの位相幾何学者によって早い段階で考察されていたが,教科書の形で明確に出版されたのはおそらくMayのSimplicial objects in Algebraic topologyが最初だろう.その内容をざっくりとまとめると次のようになる.

  1. Kan complexには基本群やホモトピー群の概念が定義できる.
  2. その他多くの概念の対応物,例えばEilenberg-MacLane空間に対応するものも定義できる.
  3. 位相空間のホモトピー群とその特異単体のホモトピー群は同じになる.そしてその逆にあたる事も言える.

 最後の主張の「逆」という意味は少し不明瞭だろう.具体的には次が成立する.

 Theorem.(Geometric Realization)
 特異単体関手\displaystyle Sing(-):\mathsf{Top}\to \mathsf{Set}_{\Delta}には左随伴関手\displaystyle |-|:\mathsf{Set}_{\Delta}\to \mathsf{Top}が存在する.この関手を幾何的実現関手という.

 
 曖昧な言い方をすると,「逆」とはこの幾何的実現もホモトピー群などを変えないという事だ.Mayではこの形では述べられていないが,この二つの対象の同値性を現代的な形で述べると次のようになる.(例えば,Jardine, GoerssのSimplicial Homotopy Theoryなどを参照されたい.)

 Theorem.(Quillen equivalence)
 位相空間の圏とsimplicial setの圏の幾何的実現と特異単体関手の随伴は,モデル圏としての同値を与える.

 
 モデル圏は∞カテゴリー理論で中心的な役割を担うが,その詳しい説明は後に回そう.何はともあれ,simplicial setと位相空間はこれらの随伴である意味で同値なものとみなすことが出来,特にKan complexはCW複体のような「良い空間」とみることが出来るという訳だ.例えば,明確な定義は与えないが次の定理は位相空間のCW近似定理の類似とも見る事が出来る.

 Theorem.(Kan fibrant replacement)
 任意のsimplicial set \displaystyle Xに対して\displaystyle Ex^{\infty}(X)はKan complexである.また,自然な射\displaystyle i_{X}:X\to Ex^{\infty}(X)はweak equivalenceである.

 
●Simplicial setとしての圏
 さて,以上の説明でsimplicial setと位相空間の類似性については納得していただけたかもしれないが,当初の目的を考えると謎は深まるばかりだろう.今回の目的は別にホモトピー論ではなく,圏論だったはずだ.なぜこれが関係しているのだろう?その答えは圏とsimplicial setの関係についての次の類似の考察によって得られる.

 Definition.(Nerve)
 圏Cに対して\displaystyle N(C)[n]=Hom_{\mathsf{Cat}}([n],C)はsimplicial setを与える.ここで,\displaystyle [n]は線形順序集合を圏としてみなしたものとする.また,この対応は関手\displaystyle N(-):\mathsf{Cat}\to\mathsf{Set}_{\Delta}を与える.

 
 これを圏のNerveという.また,Nerveにも随伴関手が存在する.

 Theorem.(Homotopy category)
 Nerve関手\displaystyle N(-):\mathsf{Cat}\to \mathsf{Set}_{\Delta}には左随伴関手\displaystyle h(-):\mathsf{Set}_{\Delta}\to \mathsf{Cat}が存在する.この関手での像をホモトピー圏という.

 
 特筆すべきことは,実は次のようにして圏のNerveから得られるsimplicial setを特徴づける事が出来るという事だ.

 Theorem.(HTT,Prop1.1.2.2)
 simplicial set Sがある圏CのNerveと同型である事と,すべてのinner horn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n}|0< k < n\}に対してuniqueなExtension propertyを持つ事は同値である.

 
 この定理を見てピンと来る方は多いのではないだろうか.Nerveは忠実充満な関手であるので,この定理は通常の圏を特定の性質を満たすsimplicial setとして特徴づけられる事を述べている.唯一の違いはExtension propertyのuniquenessという事になる.

●空間と圏の「キマイラ」
 ここでquasi categoryの定義に戻ろう.

 Definition.(quasi category)
 simplicial set Sがquasi categoryであるとは,すべてのinner horn inclusion\displaystyle \{\Lambda^{n}_{k}\to \Delta^{n}|0< k < n\}に対して(uniqueとは限らない)Extension propertyを持つ事をいう.

 
 ようやくこの定義の意味が分かったのではないだろうか.この定義はKan complexと圏のNerveの性質を抽出し,両者を同時に扱えるようにしたものである.つまり標語的に言えば「quasi category = Kan complex + category」と言えるだろう.

 しかし,まだこの説明にも不満な方も多いのではないだろうか.この定義では「空間と圏のキマイラ」という印象は伝わっても,なぜそれが∞カテゴリーとみなせるのかという事は全く自明ではない. 事実,その感覚は正しい.
 実はquasi categoryは元々Boradman, Vogtによりweak Kan complexという名前で,∞カテゴリーとさほど関係のない文脈で1973年に定義されたものだ.それが∞カテゴリーのモデルと見なせる事をJoyalやLurieが見出すまでには,長い年月を要した.これが「∞カテゴリーの哲学」を実現している事をはじめて明確に確認できるのは,Joyalによる次の定理に到達した時だろう.

 Theorem.(HTT, Corolarry 2.3.2.2)
 simplicial set Sがquasi categoryである事と,horn inclusion \displaystyle i:\Lambda^{2}_{1}\to \Delta^{2}から誘導される射\displaystyle i^*:\mathsf{Fun}(\Delta^{2},S)\to \mathsf{Fun}(\Lambda^{2}_{1},S)がtrivial fibrationである事は同値である.

 
 この定理を見ても,初見でその「意味」を理解する事は難しいだろう.しかし,ひとたび圏論的概念をquasi categoryやsimplicial setに拡張すれば,この定理は「quasi categoryは圏の射の合成をup to homotopicにしたものである.」という主張を意味していると考える事が出来る.このように,まだまだ∞カテゴリーへの道のりは長い.前回浮かんだ疑問にもすべて答えられていないのに,また新たな疑問が生まれてしまう.しかし,それはこの理論が長い年月をかけた様々な純粋な考察の積み重ねの上に成立しているからなのだ.
 
 ひとまずこのあたりで「quasi categoryの定義の意味を納得する」という今回の目標は達成できた事にして,次回以降,simplicial setの優位性やモデル圏の理論についての解説をする事にしよう.

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∞カテゴリー

 以前の投稿でも書いたように,近年Jacob Lurieによる∞カテゴリー理論の進展が著しい.しかし,いまだにその理論の基礎を解説する日本語の文章は殆ど見受けられないように思われる.そこで,何回かに分けて,以下でその初歩の部分について解説をしてみようと思う.

●高次圏とは何か
 まず,高次圏の理論について解説しよう.通常の圏は対象と射を持つが,高次圏とはそれに加え”高次の射”を持つ圏の事である.例えば,2-圏とは対象と射に加え「射の射」である2-射を持つもので,3-圏は「2-射の間の射」である3-射を持つものである.このようにして,n-圏が定義される.そのようなものの最もシンプルな具体例としては,圏の圏Catが挙げられる.圏の圏Catは対象は圏,射は関手に加え,2-射として自然変換がある.

 ここで大切なのが,多くの高次の射を考えるだけではなく,高次の射の同型を考えることだ.例えば,二つの圏が与えられたとき,それらが圏同型である事を要請することは少し強すぎる.通常では圏同値までしか考えない.二つの圏が圏同値である事は,互いに与えられた関手の合成が恒等関手とならなくとも,恒等関手と自然同値であるという事である.つまり,2-射の同値を無視して同型ということになる.

 このように,n射を持つ圏でr射より高次の射が同型なものとなっているものを(n,r)-圏という.例えば,Catは圏,関手,自然同値によって(2,1)-圏とみなせる.ここで注意したいのが,Lurieの理論で用いられているのは(∞,1)-圏である.つまり,無限に高次の射を持つが,2-射以降はすべて同型であるようなものを構築しているという事である.

●enriched categoryによるアプローチ
 さて,ここまで明確な定義を与えず高次圏の概念を説明してきたが,実は高次圏の問題はその定義にあった.というのも,多くの手法によって良い定義を与える努力が為されてきたが,あまり上手く行かなかったのである.例えば,古典的なものとしてはenriched category(豊穣圏)を用いた定式化があった.それを軽く説明しよう.

 まず,enriched categoryとは,大雑把にいうとHom集合にある圏Vの対象の構造が入る圏である.例えば,通常の圏はSet-enriched categoryだと考えられる.また,圏の圏CatはHom集合に関手圏としての構造が入る.このことから,次のような定義が与えられた.

 Definition.(strict n-category)
 0-圏をSetとする.n-圏とは(n-1)Cat-enriched categoryの事である.

 
 しかし,このような定義は技術的に非常に扱いずらい問題があった.その理由としては単純に射が多すぎるため,その可換性の条件などが非常に煩雑になるという訳だ.せいぜい2-圏が限界で,3-圏になるととても扱えたものではなかった.このように,多くの情報を扱う分「その情報をいかに簡略化し扱いやすくするか」という事は付随する大きな問題であった.

●∞カテゴリーの3つのモデル
 さて,Lurieの理論に話をもどそう.Higher Topos Theoryにおいて,この”(∞,1)-圏”というアイデアを実現する対象として,ある意味において同値な次の3つのモデルを導入している.

  1. topological category
  2. simplicial category
  3. quasi category

それぞれについて解説しよう.最初の二つはenriched categoryの枠組みを用いる.

 Definition.(topological category)
 topological categoryとは(コンパクト生成ハウスドルフな)位相空間の圏に関するenriched categoryである.

 
 これは最も説明しやすい.つまり,Hom集合に”空間”の構造が入っているという事である.通常の圏は,離散位相によりtopological categoryとみなすことができ,逆にtopological categoryが与えられればその”Hom空間”のΠ_0をHom集合として取ることにより”ホモトピー圏”を得ることができる.異なるtopological categoryでも,”Hom空間”がup to homotopicで同型であれば,同じホモトピー圏を与えることが出来るという事である.次のモデルも本質的には変わらない.

 Definition.(simplicial category)
 simplicial categoryとはsimplicial setの圏に関するenriched categoryである.

 
 simplicial setについては何も説明していないが,実はこれはある意味で「位相空間と同値な空間概念」とみなすことが出来る.例えば,位相空間の特異コホモロジーはDold-Kan対応によりsimplicial setのコホモロジー論の一部とみることが出来るし,特筆すべきことは位相空間の基本群,ホモトピー群と同値な理論をsimplicial set内で構成する事が出来る.これらは,特異単体を取る関手と幾何的実現関手により同値にうつりあう.このことから,simplicial categoryがtopological categoryと「同値な枠組み」である事は感覚的に”納得”は出来るだろう.
 
 以上のモデルは比較的その”意味”について納得しやすいものだろう.しかし,Higher Topos Theoryにおいて中心的に扱われるのは,これらではなく次のquasi categoryと呼ばれるものである.

 Definition.(quasi category)
 simplicial set Sがquasi categoryであるとはinner horn inclusion
\displaystyle \{ \Lambda^{n}_{k} \to \Delta^{n} | n\in \mathbb{N}, 0<k<n \} に対して(uniqueとは限らない)Extension Propertyを持つ事をいう.

 
 この定義は非常に突拍子のない定義のように思われる.まず,そもそも圏ではなく「ある条件を満たすsimplicial set」が∞カテゴリーだというのだ.また,なぜこの定義を採用する強みは何なのだろうか?さらに,これらのモデルの”同値性”とは何なのだろうか?これらを説明するにはまたもう少しの準備が必要となるため,次回以降の記事において解説しようと思う.

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圏論とは何か

数学に圏論という分野が出来てから半世紀ほど経つ事になる.大学の数学科過程で登場する集合位相,複素解析,環論体論などと比べれば,これはかなりの「若手」である.それゆえか,いまだに日本の数学課程で圏論の授業が行われることは(集中講義などを除けば)ほとんどない.(これは海外でも大差ないという話を聞く.)しかし,ひとたび大学院に入ると,幾何学や代数学を扱う人は,勝手に「圏論」の言葉が出てくる事に驚くかもしれない.圏論は現代数学の言葉として当然のように用いられ,その基礎学習は自習に任されるというのが現状である.

しかし,このことは大きな問題を生み出している.というのも,少し齧った程度の自称「専門家」が様々な「圏論万能論」といった怪情報をインターネットに発信してしまっている事が多く見受けられる.また,当然のことながら「どの程度勉強するか」というのは,何をどのように専攻しているかに依存する.にも関わらず,圏論をあまり使わない数学者の「圏論なんて不要」などといった極端な意見を鵜呑みにしている学生も多いように思う.要は過大評価と過小評価ばかりで,正当な評価がされていないと感じる.そこで,個人的な意見をまとめてみたい.

●万能論と不要論
まず,よくある二つの極端な意見を紹介しようと思う.それは

  • 圏論は様々な事が出来る理論である.
  • 圏論は道具であり,わざわざ勉強するものではない.

というものだ.正直な感想からいって,あまり数学を学んでいない人ほど前者のような意見を言い,比較的数学を学んでいる人ほど後者のような意見をいう印象がある.では,後者のほうが正しいのだろうか.しかし,自分の考えではどちらも正解でどちらも不正解であると思う.これを説明しよう.

●「言葉」としての圏論
多くの人が「圏論」らしきものに最初に遭遇するのは,恐らく位相幾何学のホモロジー論などが一般的だと思う.そこでは位相空間やアーベル群の圏が定義され,ホモロジーを取る操作は関手として定式化される.しかし,ここで用いられる圏論はあくまで「そういう言葉を導入しておくと後々便利」という記法の簡便さ目的程度でしかなく,本質的に「圏論を導入しなければ出来なさそうな事」というものは殆ど導入されていない.それこそ,関手性も「位相空間に対してアーベル群を対応させる以下のようなルール」のように書いたところで大して変わらないだろう.

少しほかの例で考えてみよう.例えば,「位相空間X上の複素数値連続関数たちは可換環をなす」という話を聞いたとき,「自分は可換環論を知らないので分からない」という数学科生はいないだろう.この主張で用いられているのは,せいぜい環の定義だけでありそれは可換環論ではなく常識だ. しかし,同等の話をホモロジー論などに置き換えると,平気で「自分は圏論を知らないから…」という人が大勢いる.それは本質的に圏論を用いている訳ではなく,ただ言葉の便宜上で導入しているだけであるというのに.

これが後者のような主張を生むのだと思う.実際,ほとんどの数学者は圏論を言葉としてしか用いない.あくまで数学を展開するうえでの「言葉」として用いているのであり,それこそ「分からない言葉が出てきたらその場で覚えればよい」程度である.それだけに,「わざわざ勉強することではない」という主張をする人が多いのだと思われる.

●圏論にも様々ある
また,圏論といっても様々なものがある.これは他の分野にたとえてみても同じことが言えるだろう.例えば,群論と言っても,人によって有限群だったり,古典群だったり,p-群だったりと,扱う群論は特化されたものになってくる.同様に圏論といっても,それぞれの分野の用途や目的に応じた様々な圏論があり,「圏論を勉強したい」と言ったところで何を専攻するかによって全く勉強することは変わってくる筈だ.

例えば,ホモロジー代数ならアーベル圏や加法圏の理論.ホモトピー論ならモデル圏の理論.代数幾何学では三角圏の理論などと,それぞれ通常の圏よりは特化した構造を持つ圏を用いる事になる.ここで問題なのは,それら個別の理論で出てくる多くの概念は,一般の圏には存在しなかったり,異なる構造を持つことが多い.例えば,ホモロジー代数において中心的な完全列という概念は一般の圏には存在しない.また,アーベル圏などでは有限直和と有限直積は同型になるが,当然一般の圏ではこれは成立するとは限らない.よって,一般の圏論を勉強することが特化した圏論に役立つとは限らないのだ.

●基礎理論としての圏論
では,一般的な圏論を学ぶことは意味がないのだろうか.残念ながら,ここ数十年に関してはあまり一般理論が大きな結果を出したとは言えず,その主張は正しいかもしれない.しかし,ここ近年は一般理論を用いた著しい結果がいくつか見られている.例えば,それが前の記事でも述べたLurieやJoyalによって発展させられた∞カテゴリー理論だ.∞カテゴリー理論は通常の圏論の拡張である.しかも,それもかなりホモトピー論と融合した非自明な手法を用いた拡張である.そしてどうやら,その拡張により今までの個別の特化した圏論でも示せなかった様々な事柄が示されているようなのである.

しかし,このような膨大かつ高度な完成度を誇る理論は,非常に一般性の高い様々なな深い考察のもとに構築されており,はっきりいって付け焼刃で圏論を学んでいた程度では到達できないだろう.それこそ,MacLaneの「圏論の基礎」や,Jardineの”Simplicial Homotopy theory”や,Hoveyの”Model categories”程度の内容をそれなりに深く理解している必要があるだろう.虎穴に入らずんば虎子を得ずという事である.つまり,一般的な圏論もそれだけで役に立つことはなかなかないが,積み重なると越えられない壁を越える事もあるという事である.

●総論
これらを通して,自分が言いたいことは「圏論に対する自分の態度を明確にしたほうが良い」ということである.つまり

  • 自分は圏論のユーザーである.
  • 自分は圏論を専門的に扱う.

のどちらの立場であるかという事を明確にしたほうが良いという事だ.前者なら,自分の用いる特化した圏論について個別の事象を学べばよい.そういう人なら一般的な圏論も,せいぜいAwodeyの”Category Theory”程度の事を知っていれば困ることはないだろう.しかし後者なら,それこそ「圏論の基礎」程度で泣き言を言っていては話にならないと思う.例えば,MacLaneは圏の局所化やコーシー完備化という重要な一般理論の記述もなく,より様々な内容を網羅したBourceuxのHandbook of Categorical Algebra程度の事を理解していないと,なかなかギャップを埋められないことも多いだろう.

また,圏論は情報科学でも用いられているようだ.しかし,自分は情報科学には全く疎いので不確定なことは言えないが,ここでも圏論が劇的に役立つなんてことはないと思う.数学の場合と同じで「様々なことを深く理解していれば役立つこともある」という感じで,付け焼刃の理解をした程度では「当たり前のことをわざわざ面倒にいっている」といった域を越えられないのではないだろうか.(この主張は全くの推測だが,多くのプログラマの発言からもそう感じる.)

最後に,個人的には純粋な圏論というのはとても面白いと思う.様々な形で数学に現れる普遍的な圏論的概念がKan拡張で統一される姿であったり,代数幾何側と異なる性質を持つ三角圏として表れていた安定ホモトピー圏が,実は∞カテゴリー理論における”導来圈”の中で普遍的な対象として特徴づけられる姿には,純粋に数学の素晴らしさを感じる.現在のような過大評価でも,過小評価でもなく,圏論のそういった素晴らしさが適切に評価されるようになってほしいと思う.

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