数学科の就職事情

先日、Twitterにこのようなツイートをしたところ、想像以上の反響があった。

自分は高校時代から数学が好きだったが、両親や親戚から「数学科は潰しが効かないからやめてほしい」と当時から言われていた。結果的に数学科に進学する事となったが、それは大学入試の結果、理学部に進学することになったからであり、あまり歓迎はされなかった。このように、数学科に進学することで両親の反対を受けるようなケースを経験した人は少なくないのではないだろうか。

その後、自分は数学科を卒業し、一般就職をすることになった。現在も一般企業で働いているが、自分が採用を行う側になって見えてくる世界も広がってきた。おそらく、この記事を読んでいる人の中にも「研究者としてやっていけるか自信はないけど、大学で数学を学びたい。でも、本当に進学しても大丈夫なのだろうか?」と迷っている中高生もいるのではないか。そこで、可能な限り「客観的視点」に立ちながら、過度に楽観も悲観もせず、数学科の就職事情への私見を述べてみたいと思う。

●そもそも就職はマクロ要因が大きい

まずいきなりだが、どうしようもない結論を述べてしまうと「就活なんて8割マクロ要因」ということを念頭に入れる必要はあるだろう。これは別に「数学科」に限ったものでもないが、世の中に転がっている様々な人々の「就活体験記」は正直言ってその辺の視点がまるでないものも多い。それもそのはずで、どうしても学生時代は大学入試などの「その人の個別の能力(=ミクロ要因)」で突破できる成功体験が多く、十分な能力があれば何でも切り開けるかのような万能感を抱く人も少なくない。だが、実際に採用を行う側の視点を持ってみると、想像以上にそこは「選考される個人の能力云々」よりも「そもそもの採用枠の存在」のほうが重要だと感じるところが大きい。どんなに優秀な人でも、景気が悪くて枠がなければ採用されない。景気の波には抗えないのである。

何故このようなことを最初に釘をさすかというと、就活したときの社会情勢によって見えてくる世界が全く違ってくるからだ。例えば、求人数の需給を現す標準的指標である「有効求人倍率」を見てみよう。この指標は90年代以降20年間にわたりずっと1を割っており、つまりその期間は求人数よりも求職者数のほうが多かった。当時はまだ数学が実用的、との考えも浸透していなかっただろう。そのような情勢の中での数学科の一般就職が苦労に尽きないものであったことは想像に難くない。自分の両親が「数学科はやめてほしい」といったのも、このような経験から来ているのであろう。

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一方で、グラフを見れば明らかなようにアベノミクス以降の求人需給は大きく好転している。筆者が就職活動を行ったのはそれ時期にあたるが、当時は完全に売り手市場であり、正直言って「自分が気負っていた程就職は大変ではなかった」というのが実態だ。同時期に就職活動をした数学科生も「あれ?就職無理学部とかいってたけど、そんなことないじゃん?」と思った人も多いのではないだろうか。ただし、念押しするが勘違いしてはいけないのは就職における最大の変数は景気だ。昨今のコロナ禍で求人倍率は低下しており、今後の情勢次第では再び苦しい時代が訪れる可能性もある。好景気時に就職した先輩のアドバイスも「7掛け」くらいで聞くのが妥当なところかもしれない。

●その上で、数学科であることが就職にネガティブな例は少ない

このように散々念押ししたうえで「数学科の就職」について話せば、現代においては「数学科であることが就職にネガティブに働くことは殆どない」と思われる。大抵の仕事では、特に可もなく不可もなくであり、「へぇ頭いいんだ、私は算数からダメで」みたいな感じでなんか知らないけど頭いい人みたいに扱ってくれてラッキー、という印象だ。一方で、数理的な能力が求められる仕事(例えば、金融・ITなど)では逆に重宝されることが多い。学生の身からすれば、そこで言っている数学(金融工学や計算機科学)は自分たちがやっていた抽象数学とは全く違うのだが・・・という思いもあるだろうが、その辺は採用においてもあまり気にされないことが多い。やはり「大学の抽象数学を学ぶ能力がある」ということを何よりの能力の証と評価する企業も増えてきているのだと感じる。

●「頭脳労働」においては結果的に有利かもしれない

また、数学とは全く関係のない類の仕事においても、数学的思考でこき使った頭脳は優位に働くことが多いのではないかと考える。例えば、自分は仕事柄とんでもなく長い契約書などを読んだりすることもあるが、これらは法律の知識は全くなくても根気強く調べながら読めば解読可能だ。ここで意外に感じるのは、「地道に根気強く読む」ということが出来ない人が一般的には多いという事だ。

それもそのはずである。世の中に転がる「10分でわかる〇〇学」のような本を開けば、ペラペラで内容がないと感じたことはあるだろう。それに比べて数学書の1行の行間をしっかりと埋める事の大変さと言ったら、たまったもんじゃない。やはり、そこを濃厚な密度でトレーニングしてきた差というのは未知の分野でも学習速度や理解力に驚くほど明快に出てくるのだ。そして、その差は一朝一夕には埋められるものではない。そのため、全く違う分野であっても、しっかりとした分析が求められるような「頭脳労働」業務においては、数学で培った経験は活きるのではないかと考える。

●ただし、「数学を使う」ことを条件に入れると枠は少ない

ただ一方で仕事において「数学を使う」ことを条件に入れてしまうと、それなりに門戸が狭くなってしまう点には注意しておきたい。例えば、金融機関の一般的な本社部門の採用は(会社にもよるが)50人程度の枠があるが、クオンツという仕事に限れば1枠か2枠あればいいほう、というのが現実である。チームも小規模で毎年何人採用しようということもなく、「欠員が出たら補充しよう」くらいの印象だ。アクチュアリーなどはもう少し間口が広いと聞いたことがあるが、一方でアクチュアリー試験に合格する必要もある。また、そういった枠は「就活ガチ勢」ともいえる経済学部の金融工学専攻の人々などとも競合する事になるのが苦しい所だ。正直言って、彼らは就活の攻略情報を知り尽くしており、なかなか裸一貫の数学科生が太刀打ちできる相手ではないのも事実だ。

また、IT業界になるとエンジニアなどは理系の人も多く、文系就活ガチ勢との競合という点では有利かもしれない。しかし、そこで「数理的センス」が活きることがあっても「数学の知識」が活きることはあまりないのではないかと思う。(批判をしているわけではなくて)IoTとか、ビッグデータとか言われている業界も中身を空けてみればとんでもないゴリ押しの力技で何とかしている、というのもよくある話である。「どうしても数学に関わりたい!」と強い拘りを持っていると、なかなか実際の仕事で「おもてたんとちがーう!!」ってなってしまう可能性は否めないだろう。

●数学を活かすというよりは脳みそを活かすと考えるほうが気楽

なので、実際に就職活動を行う際には(手持ちの内定などの数にもよるが)「数学に関わる仕事ができたらいいな~。ま、別にそうじゃなくてもいいけど」くらいのマインドセットで臨むほうが気楽であると思われる。そして、就活の面接でもあまり数学への拘りや未練は出さないほうが得策だと考える。なぜなら、その言葉は採用する側からすれば「この人は(枠の少ない)数学を使う部署以外に配置したらすぐやめてしまうのではないか」という心配を誘うからだ。大企業の人事異動などは面接官の裁量の及ばない所である事は往々にしてある。そこは運命のサイコロを振られる結果になるのだが、サイコロを振られるのが嫌でスタートラインにも立てなかったら元も子もない。

実際のところ、就職して配属が希望通りにいかないケースなんて山ほどある。それは、あなたに限った話ではない。それで本当に嫌なのだったら、転職すればいい。今は転職にもオープンな時代なので、それ自体は大した問題ではない。ただ、間違いなく言えるのは「百聞は一見に如かず」ということだ。自分の同期でも、就職活動時は「●●部に行けないと辞める」などと色々と注文をつけていたわりに、いざ入ってみたら全然関係のない部署で楽しくやっている奴もいる。そもそも仕事内容がどんなもので、それに自分が合っているかというのは、本当にやってみないと分からないのだ。学生の段階の限られた情報で、自分の進路を狭めるのは得策ではないだろう。

●結論:まあ、いいんじゃないか?

以上、個人の力でどうしようも出来ないマクロ要因などかなりシビアな事も書きつつ、出来る限り客観的に私見を述べたつもりだ。残念ながら、自分自身に経験がないので教員などを目指す道については全く述べられなかったし、研究活動と就活が両立できるかという事についても答えられていない。その辺は、より説得力のある経験者による解説が今後出てくるのを期待したい。

人は自分の経験した事でしかなかなか物を判断することができない。もしもあなたのご両親が「数学科はやめてほしい」とあなたを止めるのであれば、それは30年前の数学科の姿を思い浮かべているのであろう。ただ、現在の姿はそれとは異なる。社会は「数理的センスのある人材」を求めているし、そもそも日本は構造的に人手不足だ。「数学をやることが就活に有利になる」とまでは言えないが、少なくとも、大学で数学に全力投球したところでどうってことはないだろう。それぞれが研究者を目指す・目指さないにかかわらず、各人が悔いのない数学ライフを送れることを切に祈る。

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