∞カテゴリー

 以前の投稿でも書いたように,近年Jacob Lurieによる∞カテゴリー理論の進展が著しい.しかし,いまだにその理論の基礎を解説する日本語の文章は殆ど見受けられないように思われる.そこで,何回かに分けて,以下でその初歩の部分について解説をしてみようと思う.

●高次圏とは何か
 まず,高次圏の理論について解説しよう.通常の圏は対象と射を持つが,高次圏とはそれに加え”高次の射”を持つ圏の事である.例えば,2-圏とは対象と射に加え「射の射」である2-射を持つもので,3-圏は「2-射の間の射」である3-射を持つものである.このようにして,n-圏が定義される.そのようなものの最もシンプルな具体例としては,圏の圏Catが挙げられる.圏の圏Catは対象は圏,射は関手に加え,2-射として自然変換がある.

 ここで大切なのが,多くの高次の射を考えるだけではなく,高次の射の同型を考えることだ.例えば,二つの圏が与えられたとき,それらが圏同型である事を要請することは少し強すぎる.通常では圏同値までしか考えない.二つの圏が圏同値である事は,互いに与えられた関手の合成が恒等関手とならなくとも,恒等関手と自然同値であるという事である.つまり,2-射の同値を無視して同型ということになる.

 このように,n射を持つ圏でr射より高次の射が同型なものとなっているものを(n,r)-圏という.例えば,Catは圏,関手,自然同値によって(2,1)-圏とみなせる.ここで注意したいのが,Lurieの理論で用いられているのは(∞,1)-圏である.つまり,無限に高次の射を持つが,2-射以降はすべて同型であるようなものを構築しているという事である.

●enriched categoryによるアプローチ
 さて,ここまで明確な定義を与えず高次圏の概念を説明してきたが,実は高次圏の問題はその定義にあった.というのも,多くの手法によって良い定義を与える努力が為されてきたが,あまり上手く行かなかったのである.例えば,古典的なものとしてはenriched category(豊穣圏)を用いた定式化があった.それを軽く説明しよう.

 まず,enriched categoryとは,大雑把にいうとHom集合にある圏Vの対象の構造が入る圏である.例えば,通常の圏はSet-enriched categoryだと考えられる.また,圏の圏CatはHom集合に関手圏としての構造が入る.このことから,次のような定義が与えられた.

 Definition.(strict n-category)
 0-圏をSetとする.n-圏とは(n-1)Cat-enriched categoryの事である.

 
 しかし,このような定義は技術的に非常に扱いずらい問題があった.その理由としては単純に射が多すぎるため,その可換性の条件などが非常に煩雑になるという訳だ.せいぜい2-圏が限界で,3-圏になるととても扱えたものではなかった.このように,多くの情報を扱う分「その情報をいかに簡略化し扱いやすくするか」という事は付随する大きな問題であった.

●∞カテゴリーの3つのモデル
 さて,Lurieの理論に話をもどそう.Higher Topos Theoryにおいて,この”(∞,1)-圏”というアイデアを実現する対象として,ある意味において同値な次の3つのモデルを導入している.

  1. topological category
  2. simplicial category
  3. quasi category

それぞれについて解説しよう.最初の二つはenriched categoryの枠組みを用いる.

 Definition.(topological category)
 topological categoryとは(コンパクト生成ハウスドルフな)位相空間の圏に関するenriched categoryである.

 
 これは最も説明しやすい.つまり,Hom集合に”空間”の構造が入っているという事である.通常の圏は,離散位相によりtopological categoryとみなすことができ,逆にtopological categoryが与えられればその”Hom空間”のΠ_0をHom集合として取ることにより”ホモトピー圏”を得ることができる.異なるtopological categoryでも,”Hom空間”がup to homotopicで同型であれば,同じホモトピー圏を与えることが出来るという事である.次のモデルも本質的には変わらない.

 Definition.(simplicial category)
 simplicial categoryとはsimplicial setの圏に関するenriched categoryである.

 
 simplicial setについては何も説明していないが,実はこれはある意味で「位相空間と同値な空間概念」とみなすことが出来る.例えば,位相空間の特異コホモロジーはDold-Kan対応によりsimplicial setのコホモロジー論の一部とみることが出来るし,特筆すべきことは位相空間の基本群,ホモトピー群と同値な理論をsimplicial set内で構成する事が出来る.これらは,特異単体を取る関手と幾何的実現関手により同値にうつりあう.このことから,simplicial categoryがtopological categoryと「同値な枠組み」である事は感覚的に”納得”は出来るだろう.
 
 以上のモデルは比較的その”意味”について納得しやすいものだろう.しかし,Higher Topos Theoryにおいて中心的に扱われるのは,これらではなく次のquasi categoryと呼ばれるものである.

 Definition.(quasi category)
 simplicial set Sがquasi categoryであるとはinner horn inclusion
\displaystyle \{ \Lambda^{n}_{k} \to \Delta^{n} | n\in \mathbb{N}, 0<k<n \} に対して(uniqueとは限らない)Extension Propertyを持つ事をいう.

 
 この定義は非常に突拍子のない定義のように思われる.まず,そもそも圏ではなく「ある条件を満たすsimplicial set」が∞カテゴリーだというのだ.また,なぜこの定義を採用する強みは何なのだろうか?さらに,これらのモデルの”同値性”とは何なのだろうか?これらを説明するにはまたもう少しの準備が必要となるため,次回以降の記事において解説しようと思う.

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