圏論とは何か

数学に圏論という分野が出来てから半世紀ほど経つ事になる.大学の数学科過程で登場する集合位相,複素解析,環論体論などと比べれば,これはかなりの「若手」である.それゆえか,いまだに日本の数学課程で圏論の授業が行われることは(集中講義などを除けば)ほとんどない.(これは海外でも大差ないという話を聞く.)しかし,ひとたび大学院に入ると,幾何学や代数学を扱う人は,勝手に「圏論」の言葉が出てくる事に驚くかもしれない.圏論は現代数学の言葉として当然のように用いられ,その基礎学習は自習に任されるというのが現状である.

しかし,このことは大きな問題を生み出している.というのも,少し齧った程度の自称「専門家」が様々な「圏論万能論」といった怪情報をインターネットに発信してしまっている事が多く見受けられる.また,当然のことながら「どの程度勉強するか」というのは,何をどのように専攻しているかに依存する.にも関わらず,圏論をあまり使わない数学者の「圏論なんて不要」などといった極端な意見を鵜呑みにしている学生も多いように思う.要は過大評価と過小評価ばかりで,正当な評価がされていないと感じる.そこで,個人的な意見をまとめてみたい.

●万能論と不要論
まず,よくある二つの極端な意見を紹介しようと思う.それは

  • 圏論は様々な事が出来る理論である.
  • 圏論は道具であり,わざわざ勉強するものではない.

というものだ.正直な感想からいって,あまり数学を学んでいない人ほど前者のような意見を言い,比較的数学を学んでいる人ほど後者のような意見をいう印象がある.では,後者のほうが正しいのだろうか.しかし,自分の考えではどちらも正解でどちらも不正解であると思う.これを説明しよう.

●「言葉」としての圏論
多くの人が「圏論」らしきものに最初に遭遇するのは,恐らく位相幾何学のホモロジー論などが一般的だと思う.そこでは位相空間やアーベル群の圏が定義され,ホモロジーを取る操作は関手として定式化される.しかし,ここで用いられる圏論はあくまで「そういう言葉を導入しておくと後々便利」という記法の簡便さ目的程度でしかなく,本質的に「圏論を導入しなければ出来なさそうな事」というものは殆ど導入されていない.それこそ,関手性も「位相空間に対してアーベル群を対応させる以下のようなルール」のように書いたところで大して変わらないだろう.

少しほかの例で考えてみよう.例えば,「位相空間X上の複素数値連続関数たちは可換環をなす」という話を聞いたとき,「自分は可換環論を知らないので分からない」という数学科生はいないだろう.この主張で用いられているのは,せいぜい環の定義だけでありそれは可換環論ではなく常識だ. しかし,同等の話をホモロジー論などに置き換えると,平気で「自分は圏論を知らないから…」という人が大勢いる.それは本質的に圏論を用いている訳ではなく,ただ言葉の便宜上で導入しているだけであるというのに.

これが後者のような主張を生むのだと思う.実際,ほとんどの数学者は圏論を言葉としてしか用いない.あくまで数学を展開するうえでの「言葉」として用いているのであり,それこそ「分からない言葉が出てきたらその場で覚えればよい」程度である.それだけに,「わざわざ勉強することではない」という主張をする人が多いのだと思われる.

●圏論にも様々ある
また,圏論といっても様々なものがある.これは他の分野にたとえてみても同じことが言えるだろう.例えば,群論と言っても,人によって有限群だったり,古典群だったり,p-群だったりと,扱う群論は特化されたものになってくる.同様に圏論といっても,それぞれの分野の用途や目的に応じた様々な圏論があり,「圏論を勉強したい」と言ったところで何を専攻するかによって全く勉強することは変わってくる筈だ.

例えば,ホモロジー代数ならアーベル圏や加法圏の理論.ホモトピー論ならモデル圏の理論.代数幾何学では三角圏の理論などと,それぞれ通常の圏よりは特化した構造を持つ圏を用いる事になる.ここで問題なのは,それら個別の理論で出てくる多くの概念は,一般の圏には存在しなかったり,異なる構造を持つことが多い.例えば,ホモロジー代数において中心的な完全列という概念は一般の圏には存在しない.また,アーベル圏などでは有限直和と有限直積は同型になるが,当然一般の圏ではこれは成立するとは限らない.よって,一般の圏論を勉強することが特化した圏論に役立つとは限らないのだ.

●基礎理論としての圏論
では,一般的な圏論を学ぶことは意味がないのだろうか.残念ながら,ここ数十年に関してはあまり一般理論が大きな結果を出したとは言えず,その主張は正しいかもしれない.しかし,ここ近年は一般理論を用いた著しい結果がいくつか見られている.例えば,それが前の記事でも述べたLurieやJoyalによって発展させられた∞カテゴリー理論だ.∞カテゴリー理論は通常の圏論の拡張である.しかも,それもかなりホモトピー論と融合した非自明な手法を用いた拡張である.そしてどうやら,その拡張により今までの個別の特化した圏論でも示せなかった様々な事柄が示されているようなのである.

しかし,このような膨大かつ高度な完成度を誇る理論は,非常に一般性の高い様々なな深い考察のもとに構築されており,はっきりいって付け焼刃で圏論を学んでいた程度では到達できないだろう.それこそ,MacLaneの「圏論の基礎」や,Jardineの”Simplicial Homotopy theory”や,Hoveyの”Model categories”程度の内容をそれなりに深く理解している必要があるだろう.虎穴に入らずんば虎子を得ずという事である.つまり,一般的な圏論もそれだけで役に立つことはなかなかないが,積み重なると越えられない壁を越える事もあるという事である.

●総論
これらを通して,自分が言いたいことは「圏論に対する自分の態度を明確にしたほうが良い」ということである.つまり

  • 自分は圏論のユーザーである.
  • 自分は圏論を専門的に扱う.

のどちらの立場であるかという事を明確にしたほうが良いという事だ.前者なら,自分の用いる特化した圏論について個別の事象を学べばよい.そういう人なら一般的な圏論も,せいぜいAwodeyの”Category Theory”程度の事を知っていれば困ることはないだろう.しかし後者なら,それこそ「圏論の基礎」程度で泣き言を言っていては話にならないと思う.例えば,MacLaneは圏の局所化やコーシー完備化という重要な一般理論の記述もなく,より様々な内容を網羅したBourceuxのHandbook of Categorical Algebra程度の事を理解していないと,なかなかギャップを埋められないことも多いだろう.

また,圏論は情報科学でも用いられているようだ.しかし,自分は情報科学には全く疎いので不確定なことは言えないが,ここでも圏論が劇的に役立つなんてことはないと思う.数学の場合と同じで「様々なことを深く理解していれば役立つこともある」という感じで,付け焼刃の理解をした程度では「当たり前のことをわざわざ面倒にいっている」といった域を越えられないのではないだろうか.(この主張は全くの推測だが,多くのプログラマの発言からもそう感じる.)

最後に,個人的には純粋な圏論というのはとても面白いと思う.様々な形で数学に現れる普遍的な圏論的概念がKan拡張で統一される姿であったり,代数幾何側と異なる性質を持つ三角圏として表れていた安定ホモトピー圏が,実は∞カテゴリー理論における”導来圈”の中で普遍的な対象として特徴づけられる姿には,純粋に数学の素晴らしさを感じる.現在のような過大評価でも,過小評価でもなく,圏論のそういった素晴らしさが適切に評価されるようになってほしいと思う.

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